「あのぅ…お金、もうちょっと待ってくださいとお父様に言うとて」
店の品物を手持ち無沙汰に手に取っていた兄・正一に糸子の母・千代が言った。
「親父は金のことなんか気にしてない。お前と子供らが心配なだけや…元気なんか?…不自由してないんだな?」
「何も不自由なんか…」千代が言うと正一は納得して帰って行った。
糸子の伯父である正一は、糸子の祖父・松坂清三郎に小原家の様子を見るように言われて家に来ていたのだ。
小原呉服店を離れた正一は一人の男性に耳打ちをされると血相を変えた。
正一は人力車を降り、桝谷パッチ店へ行き糸子を連れ戻した。
小原呉服店に戻った正一は善作と千代、糸子を座らせ善作たちに尋ねた。
「そんなら…糸子があそこで働いていたのを知らんかった言うのか?」
「はぁ…恥ずかしい話なんやけど…」善作がすまなそうに言った。
「おかしな話や。女学校まで行かせてもらっている娘が自分からあんな狭い店で!汚いおっさんにまじって!働きたがる!信じられんな~!」正一は強調して言った。
「糸子!お前、嘘ついとんちゃうか?お父ちゃんら庇うために嘘ついてるやろ?」
今度は糸子に正一は尋ねた。
「ついてません」糸子が不服そうに答えた。
「ホンマはあんな所で働きとうない…せやけどお父ちゃんの稼ぎだけでは暮らしていかれへん…お母ちゃんと妹らに楽させてやれんのは自分だけや!それでしょうがないから働きにいっとう・・そうちゃうんか?」正一はやや興奮して糸子に詰め寄った。
「お兄様…?糸子は、そない健気な子やありません」千代が申し訳なさそうに言った。「…それもせや」しばらく考えてから正一は納得した。
「おっちゃん、うちお金なんかもろてません。あっこに置いて貰う代わりにちょこっと手伝うてるだけなんです」糸子が言った。
「わからんな…なんでそないあの店におりたいんや?」
「ミシンがあるさかい!」糸子が笑顔で言った。
― 夕食後、爪を切っていた善作に糸子は手をついていた。
「お父ちゃん!バレてしもうたさかい言うんやちゃうけど…ウチ、桝谷パッチ店で働きたい!女学校辞めさせてください!」糸子は頭を下げ土下座して善作に懇願した。
「なんやと!!」爪を切っていた善作がテーブルの茶碗を跳ね除け大声で叫んだ。
「頼んます!働かせてください!」糸子が言った。
「女学校を辞めるてか!?パッチ屋で働くてか!?ふざけるのもたいがいにせえ!」
「ふざけてへん!ほんまに働きたいねん!」
「ワシがどんだけ苦労して女学校行かせてやってると思ってんのじゃ!」
「分かってる!わかってるけど、ウチどないしても働き・・・」
「けらぁ!!」善作は土下座している糸子を蹴り飛ばした。
「頼んます!」
「黙れ!二度と騒ぐな!!パッチ屋なんぞ行ってみ!金輪際許さんぞ!!」
善作は糸子を足蹴にして部屋を出て行った。
翌日、糸子の顔にはアザが浮かび上がっていた。
帰宅途中、安岡泰蔵と会い泰蔵は糸子の顔のアザについて尋ねた。
「どないしたんや?」
「やられてしもうた。お父ちゃんに」糸子は笑って言った。
「…“だんじり”見るか?」
「ううん…ウチな…ウチの“だんじり”見つけてん。ミシンちゅう言うやで。ウチはウチの“だんじり”乗っちゃるねん。絶対!」
「よっしゃ!」泰三は糸子の頭を軽くなでて去っていた。
その糸子と泰蔵の様子を遠くから吉田奈津は複雑な表情で見ていた。
善作は岸和田の大地主・神宮司源蔵の娘の婚礼支度の着物を仕入れに問屋を訪ねる。安物の着物しか見せない問屋に善作は上物を見せるように言うが不景気なので、上物は掛売りできないと言う。
結局、成果もあげられず俯いて帰ってくると男達が隣近所のビリヤード場の看板を外す作業をしている。
「お前、何してんや?」ビリヤード場の店主・木之元栄作に善作は尋ねた。
「店の改装や!電気屋や!見ててみ?ごっつい繁盛させたるさかい!大金持ちになって今度こそ嫁もろうちゃんで!」栄作は嬉しそうに言った。
「…ええな、お前・・・気楽で」
善作が小原呉服店に戻ると糸子が三つ指立てて待ち構えていた。
「お父ちゃん!話あんねん!いい加減な気持ちで言うてんとちゃうねん!ホンマにパッチ屋で働きたいねん!」
「くぉらー!!」善作はテーブルにあった湯飲みを叩き割った。
それから糸子は何度も何度も善作に桝谷パッチ店で働かせてくれるよう頼み込んだ。
しかし善作は頑として首を縦に振らなかった。
― そんなある日、白のスーツを着た桝谷パッチ店・店主の桝谷幸吉と女将・桝谷さよが小原呉服店の前をいったり来たりしていた。
二人は糸子の元気な姿をちらっと見るためにやってきたのだった。
糸子は、そんな二人から隠れながら思うのだった。
会いたいけど…今はまだアカンねん!待っといな?ウチ頑張るさかい!
【NHK カーネーション第10回 感想・レビュー】
善作VS糸子って回でしたね。自立への第一歩的な。
糸子が父・善作に蹴られるシーンでシリアスな展開と思いきやトイレの前に立ち塞がるシーンは、ちょっと微笑ましかったです。
桝谷夫婦、「ちら」って声に出して小原呉服店を覗くんですが、既にコメディです…しかも白いスーツ、目立ってるし(笑)。今日は桝谷夫婦が揃って相当可愛いキャラクターということが判明しましたね(笑)
顔にアザができた糸子を心配するクラスメートや吉田奈津もいい感じ(by ローラ)
「カーネーション」の登場人物は暖かいな~って毎日思わずにいられません。
なんかノリが少女マンガなんですよね…と思って調べたら脚本家は女性の方でしたか。妙に納得してしまいました。