「どやった?神戸の親父、金貸してくれよったか?」
雨の中、千代が帰宅すると善作は期待に胸躍らせて尋ねた。
「なんで貸さへんのや!」千代の返答を聞いた善作が大声を出した。
「まあ、父が言うにはこれまで貸した金かて一銭も返してもうてない…」
「せやかや今度こそ返すんや!そのために貸して欲しい言うてんやないかい!問屋かてな即金やったらな上物を売りおるんじゃ!嫁入り道具一式、あんじょう神宮司さんに納めたらこれまでの借金なんか利子つけて返しちゃら!」善作は興奮して言った。
千代は善作の話を上の空で聞きながら持っていた包みを丁寧に広げた。
「母がくれましてん!(笑)」嬉しそうに包みから取り出した。
「おのれ!のんきに笑っている場合か!わかってるのか!?このままだったらこの店潰れてしまうんやど?子供らに飯食わされへんようになるんやど!?」
善作は千代から髪飾りを取り上げると窓の外へ投げてしまった。
「あの…父が『善作君に来させなさい』言うてました。いつも私を使いによこすんが気に入らんみたいです」千代は恨めしそうに善作に言うと部屋を出て行った。
夏休みになっていた糸子は面白い事が何もないからと二階の部屋で寝ていた。
そこへ安岡勘助と佐藤平吉が糸子を海に遊びに行こうと誘い来る。糸子は喜んで行こうと準備を始めた。玄関で神戸にでかける準備をしていた善作に千代が尋ねた。
「せや!糸子、連れていきますか?父は糸子びいきさかい、ちょっとは機嫌ようなんのとちゃいますやろか?」
「どあほ!これから神戸に男と男の話をしに行くんじゃ!いちいち機嫌なんかとってられるか!!」善作は店を後にしたが、途中で足を止めると着た道を引き返し海に行こうとしていた糸子を強引に神戸の松坂家に同行させるのだった。
祖父・清三郎と祖母・貞子は急な孫・糸子の訪問を喜んだが久しぶりに松坂家に姿を見せた善作に驚いた。
「…善作君も久しぶりやないか」清三郎が言った。
「えらいご無沙汰しております。これ、誠とにつまらんもんなんですが…」
「こんなん物いらんがな」清三郎は善作が差し出した箱を手ではらいのけた。
「うーん、美味しいな~これ何ちゅうん?」糸子が食べながら祖母・貞子に尋ねた。
「バームクーヘンや」貞子が答えた。
糸子はもっと食べたいとおかわりを取りに行こうと席を立った。
「糸子、すまんけどな、ついでに勇らにも持っていってやってくれるか?
おじいちゃんな、お父ちゃんとちょっとお話あるからな」清三郎は糸子に言った。
― 従兄弟の勇は友人と部屋でクラシックレコードを聞いていた。
「勇君、こんにちわ。ひさしぶりやな!」糸子が部屋に入ってきた。
「糸ちゃん、ひさしぶり!」
「これ食べり?友達?」持ってきたバームクーヘンの皿を置きながら尋ねた。
「うん。坂崎君」勇が糸子に紹介した。
「よろしく」坂崎は緊張した面持ちで立って挨拶をした。
「坂崎君もこれ食べり?坂崎君、これなにか知ってるけ?」
糸子は無理やり坂崎を座らせるとバームクーヘンを渡した。
「バームクーへんのこと?」
「美味しいなぁこれ(笑)」
満足そうにバームクーヘンを口に入れる糸子を見て勇は微笑んだ。
― 糸子が去った後の応接間から庭を見ながら清三郎は善作に尋ねた。
「金は貸せん…なんでかわかるか?」
「これまでの借金事でしたら…」
「あん?フフハハハ!!せやからお前は小物や言うんや」清三郎が笑った。
「ワシはそんな小さい話しとんやない。ええか?呉服屋いう商売がそもそももう終いなんや。これからますます洋服が幅をきかせてくる。生き残れんのはホンマに一流の呉服屋だけや!お前んとこみたいに小さい店やったら…まあ、もってせいぜいあと5年や!なるべく早いうちに店たため!姫路の工場に人手がいるからなんぼでも世話したる。
ただしお前一人で行け!千代や娘らはワシが面倒見たる!」
「千代らをここに住まわすいうことですか?」刺繍をしていた妻・貞子が尋ねた。
「すまんがな、お前にはもう任せられん」清三郎が身を乗り出して善作に言った。
「そらぁ、楽しなりそうやな」善作の隣で貞子が嬉しそうに言った。
― その後、祖父と糸子達が庭で遊んでいる姿を見る善作の目は虚ろだった。
電車の中でも気が抜けたようになっていたので糸子は試しに言ってみた。
「学校辞めて、パッチ屋で働きたい」
「……あ…あほか」善作は力なく答えるだけだった。
― だんじりのチェックをしていた大工方の安岡泰蔵に善作が話しかけた。
「いよいよやなぁ今年も。お前、大屋根に乗って何年目や?」
「5年目です」泰蔵が答えた。
「大したもんや!ワシもガキの頃、大屋根乗りたい思っちゃったけどな…
そらそうや岸和田のガキで大工方に憧れん奴はいてへん…どないしても屋根に乗る…思っちゃたけどな~」善作はだんじりの屋根を眩しそうに見上げた。
「…ま、ワシの場合、根性が足らんかったのう…へっへへへ」
糸子達が祭りから帰って来ると善作は布団を敷いて部屋を暗くして既に寝ていた。
「すんません。9時には帰る言うてましたのに…」千代が戸を開け善作に謝った。
「…うーん」善作は寝たまま答えた。
「具合でも悪いんですか?」
「…なんもない」
千代達は戸を閉め、善作の様子がおかしいので医者に診て貰おうかと話合うのだった。
【NHK カーネーション第11回 感想・レビュー】
善作は、一家の主として養うという事にプライドを持っていたんですね。
しかし頼みの綱だった義父にお金の工面を断れ、家族がバラバラになりそうになった善作は力が抜けてしまったんでしょう。小林薫さんの演技凄いっす!
あと糸子の母・千代の“のんきな性格”は完全に祖母・貞子譲りですね(笑)
刺繍しながら善作がいるのも構わず「楽しくなりそう」って(笑)
新しい登場人物として坂崎君と佐藤平吉君が出てきましたね。
平吉君は、勘助と一緒に団子をちょろまかした男の子ですか?