「すまん!」桝谷パッチ店の店主・桝谷幸吉は糸子に頭を下げた。
「なんで?なんでですか!?…ミシン、ミシン使い過ぎですか!?すんません!気付かんと!すぐ止めます!…そんなん店に迷惑かけてまでアッパッパなんかええんやさかい…!」
糸子は小原呉服店の手伝いで作っていた服を慌てて片付けはじめた。
「ちゃう!!ちゃうんや!!」幸吉は糸子に落ち着くように言った。
「…不況って知ってるか?…ウチの店も正直かなりしんどうなってもうてる。誰かの給料削らんとやってけんところまで来とんのや…けど所帯持ちの男は辞めさせられへん。
順番からいうたら悪いけどお前になってまうねん…」幸吉は辛そうに事情を説明した。
― 自分の荷物を片付けた糸子は桝谷夫婦に挨拶をした。
「…ご苦労さん」幸吉が言った。さよは嗚咽を漏らしながら糸子に謝った。
“誰も悪くない”そう思う糸子だったが目から涙がこぼれ落ちた。
糸子は店の奥に置いてあるミシンを見てから二人に頭を下げ店を後にした。
父・善作と母・千代、祖母・ハルに糸子は仕事を辞めたことを伝えた。
千代は糸子を慰めたが、善作とハルは家計の事で頭がいっぱいになる。
その翌日、善作は糸子に面と向かって話し始めた。
「なんでワシが女学校辞めさせてパッチ屋で働かせたった分かるか?」
「そら、ウチが本気やったさかい」糸子が答えた。
「ちゃう!金がないからや!」善作がキッパリ言った。
「えぇ?」糸子は初めて聞く事実に表情を曇らせた。
「お前ももういっちょまえの働き手や。こうなったら、お父ちゃんも腹割って話したる!」
「…いや…ええわ」糸子は遠慮しようとするが善作が続けた。
「お前が考えてる以上になウチは苦しいねん。お前が女学校を辞めたから静子が女学校いけるようになった。パッチ屋で働いて給料が入ったから清子も行ける様になった。アッパッパが売れたから来年光子も行ける様になってる。給料もアッパッパも無うなったら、どうなる?」
「…清子と光子が行かれへん様になる」糸子が答えた。
「そや!そないやん!(笑)」善作のどや顔に糸子は言葉を失った。
それから糸子は色々な店の戸を叩くが…不況でどこも雇ってはくれなかった。
そんなある日、糸子が家に帰ってくると店の前で母・千代が興奮していた。
「糸子!?何や、若い男の人が訪ねて来てんで!」
「若い男の人…誰?」
「いや、あんた、そういう人なんか?」
「…どういう人?」
「いやーあんたもう!!(笑)」千代が照れる意味がわからず糸子は苦笑した。
糸子を訪ねて小原呉服店に来た山口は近所の橋の上で糸子に話し始めた。
「大将な、ワシをクビにしたかったと思うで?お前の方がワシより仕事できるしな…」
「そんなこと…ない思うけど」糸子は答えたが口元が緩んだ。
「そやのにお前がクビになりよった。え?これ!どういうこっちゃ?」
「知らんがな!」
「悔しがれや!ワシより仕事出来んのに女やからっちゅうだけクビになったやで?」
「わかってますわ!そんなしつこう言われんかて!」
何が言いたいんじゃ!こいつ!!糸子は心の中で舌打ちをした。
「…負けんなや」山口は真剣な顔で言った。
「あの…ひょっとしてそれいいに来てくれたんですか?」
山口はしばらくおいてから「…ちゃう!」と答えて帰って行くのだった。
― 夏が終わるとアッパッパ(夏物)が売れなくなるので糸子は焦っていたが就職先はみつからず、その日も糸子は朝から勤め先を探しに隣町まで行っていた。
糸子の留守中に電気店を営む木之元栄作が糸子を訪ねて来た。
「なんやどこいったんよ?パッチ屋クビになったんとちゃうん?」栄作は善作に尋ねた。
「新しい仕事探しに行っとんのや」
「せっかく気晴らしにええもん見せちゃろうと思うたんやけどなあ…」
「ちょっと待て!」善作は気になって帰ろうとした栄作を呼び止めた。
「先生、どないですか?」栄作が自分の店でミシンを設置していた女性に声をかけた。
「いかがでしょう?ミシン、ここに置いてみたんですけど…私がここに座ってお客様が…」
そのミシンの実演販売のプランを栄作に説明する女性・根岸に善作は見とれてしまう。
「あ、先生。小原さんのとこの嬢ちゃんもミシン使えますんやで」栄作が言った。
「まあ!お嬢様、おいくつなんですの?」根岸は善作に尋ねた。
「え?あ、はい16…え?…17やったかな?」善作の声がうわずった。
「17歳。偉いわ若いのに。洋裁に興味をお持ちなんですの?」
「小原さんとこは呉服やさかい洋裁は御法度…(痛!)」栄作が答えようしたが
「いらん事言うな!」善作は下駄で栄作の足を踏みつけた。
「呉服屋さんでしたら将来有望ですね。良い着物を見てお育ちになってるでしょうから」
「そらそうですわ。目ぇだけは肥えさせたつもりです」善作は見栄を張った。
「私は洋裁の勉強ばかりしてまいりましたでしょう。着物の方はまだまだこれからなんです。着物だけじゃありません。日本舞踊にお能、謡、習いたい事が沢山で困ったおります」
「小原さんに教えてもろたらええやん!謡の先生やってますんやで」栄作が言った。
「まあ本当ですか?」
「やっております。そらよかったら、うち来て下さい。うち、そ・そ・そ・そこですねん!」
「嬉しいわ。そんな風に言って下さって」
その日も就職活動の成果を挙げられずに肩を落として帰ってきた糸子は木之元電気店の人だかりに気づく。気なった糸子は人だかりをかきわけてみると、綺麗な女性がミシンで洋服を縫っていた。糸子はその女性とミシンに目が釘付けになった。
【NHK カーネーション第19回 感想・レビュー】
クビの理由は不況ですか…いつの時代も世知辛いものです。
桝谷夫婦の人柄が出てましたね。
2年間の修行の間に糸子は山口君に「ワシより仕事ができる」と認めさせるほどになっていたんですな。橋の上での二人の会話はなんか良かったです。
何が言いたいんじゃこいつ!って糸子の心の中のツッコミがおもろかったです。
さて、桝谷パッチ店を離れた糸子に『洋服作り』の師匠みたいな人物が現れました。
東京から来たと言ってますが、どういう経緯で木乃元電気店のミシン実演販売になったんでしょうかね。それにしても善作、緊張しすぎ(笑)
毎度思うことですが、善作と千代って本当に面白い夫婦ですね。