― 昭和3年1928年春、糸子が桝谷パッチ店に勤めて半年が過ぎていた。
糸子は朝から晩まで怒られていたが、仕事に積極的に取り組んでいた。
夜、従業員が帰宅すると見習い2年目の山口と糸子は店に残ってミシンの練習をする。
先輩である山口のミシンを終わるのを糸子はオニギリと漬物を食べながら待っていた。
「ボリボリ…カリカリ…」
「やっかましいわ!あ~腹へった!!」
山口は糸子の食べる音に我慢できずに席を立ち帰って行った。
遊んでいるミシンで思いっきり遊べる。ウチの一番大好きな時間です。
「どれにしようかな~」風呂敷を広げ布を楽しそうに糸子は選んだ。
― 小原呉服店の近所にある木乃元電気店は開店して半年、電気商品が一つも並ばずにいたが、店主・木乃元栄作は節子という無愛想な嫁をもらっていた。
小原呉服店はというと儲かってもないけど畳まなければならないという程でもなかった。
ただ変わった事といえば糸子が働き始めてから善作が自分で集金に行く事だった。
「小原!昼から裁ち(たち)教えるでぇ!」自称桝谷パッチ店ナンバー3の田中が言った。
「え!?裁ち!?ホンマですか!?」糸子は喜んで田中を見た。
「いや!それはちょっと早すぎるんとちゃいます?」見習いの山口が田中に詰め寄った。
「なにがや?」田中が山口を睨んだ。
「いやいや2年目のワシがついこないだから教えてもろてるところやのに…何でコイツがもう裁ちを…痛っい!」田中は持っていた長い竹の物差しで山口を叩いた。
「お前の頑張りが足りてへんのじゃ!小原かてボンクラなりにお前よりは頑張ってるちゅう事や!妬みごと言う暇あったら努力せんかい!」田中はもう一度物差しで山口を叩いた。
「お前、何笑ってんねん!」山口は笑っていた糸子に八つ当たりをした。
1台の高級車が桝谷パッチ店の前に止まり、糸子の祖父・清三郎が車から降り立った。
清三郎は桝谷パッチ店の前に行くと店内を窓から覗き込んだ。
店内では糸子が物差しで腕を叩かれながら裁ちを教えてもらっていた。
孫の腕が叩かれるのを辛くて見てられなくなった清三郎は部下(?)に菓子折りを買ってくるよう命じた。
「まあまあまあ!」桝谷パッチ店の女将さよは積上げられた菓子折りをみて目を丸くした。
「いやいやいや、はっはっは…すんませんな無理言いまして!」清三郎が笑った。
「せっかくおじいさんが会いに来てくれたさかい、何ぞ美味しい物でも食べさせてもらい」
「ほんま、すんません!…せや!ウチ、水瓶の所にバケツ起きっぱなしや!」
「かめへん!山口くんに言うとくよって!」上機嫌のさよが言った。
― 清三郎は糸子を大阪心斎橋の浪漫堂というカフェに連れてきた。
店内は洋風な作りでシャンソン音楽が流れていた。他の客たちは洋服を着ていた。
「…フルーツ…ポンチ…て何やろ?…3色アイスクリーム…アイスクリームが三色?」
糸子はメニューに書かれた聞いた事もない品名に苦労していた。
「フッ、すまんけどな、フルーツポンチに3色アイス」清三郎がウエイトレスに注文した。
「え?どっちもええの?」糸子が嬉しそうに清三郎を見た。
「おぅ。他にはええんか?」
「どないしょ!うんと…えーと…このホ、ホットケーキ!」
「ふっふっふ…どうや?うまいか?」清三郎はホットケーキを食べている糸子に聞いた。
「んーまい!」糸子は口にホットケーキを頬張りながら幸せそうに言った。
「んまいか。ほうか。はっはっは!」
「…ええなぁ、ウチも前掛けあんなヒラヒラつけようかな」
糸子はウエイトレスのエプロンをじーっと観察して言った。
「…で、糸子、どないや。パッチ屋の修行は?」
「うん、ごっつい楽しい!…最初はしんどかったけどな…慣れた。
今日な初めて生地の裁ち方教えてもうてんで、見てたら簡単やのにな自分でやったらごっつい難しいねん。すぐ歪んでしもてな物差しでビシって叩かれてしもうた(笑)」
「ちょっとみせてみい」清三郎は糸子が見せた腕をよく見せるように言った。
「そんなたいしたことない。ふふふ(笑)」糸子は照れくさそうに腕を引っ込めた。
「…糸子……おじいちゃんとこ来えへんか?
いやミシンなんかな、おじいちゃんとこの会社で山程使うてんねん。
お前がそんなにミシンある所で働きたいんやったらウチで雇うたる。な?神戸おいで。おじいちゃんのとこおいで。ミシンもな自分が好きなときに使いたいだけ使うたらええ、どや?」
「おおきに。おじいちゃん。せやけど…ええわ」
「なんでや?」
「なんでやろうなぁ…ウチな勉強になる方がええねん。おじいちゃん、ウチに甘いさかいな。ウチすぐ甘えてまうと思うねん。そしたら勉強にならへんやろ?
けど今の店は誰もウチに甘ないよって、いっつも怒られんように必死やねん。
しんどいけどな…けど必死でやらんとあかん方が勉強になると思うねん。
精一杯勉強して一人前になったらおじいちゃんトコに行くわ」糸子は笑顔で言った。
「お前…お前、誰に似たんや?親がどっちもあんなにアホやのに誰に似てそんなエラい事言うねん…まったく」清三郎はハンカチを取り出し目にあてた。
「うーん、おじいちゃん!」
「そんな口まで上手うなって…」清三郎は糸子の成長している姿に感動した。
― 4月12日、大安吉日。吉田屋の大広間で安岡泰蔵の祝言が挙げられた。
奈津の母親は勘助や糸子が来てるから挨拶するように奈津に言ったが奈津は挨拶は絶対しないと吉田屋の中庭で涙を流すのだった。
出席していた糸子は緊張気味の新郎新婦を眺めた。
春のお天気のほんまにほんまにええ日ぃでした。
【NHK カーネーション第16回 感想・レビュー】
昨日に引き続きいい回でした。半年経って、糸子も随分たくましくなりました。
そんな中、お祖父ちゃんが糸子が叩かれるのを我慢できずにの菓子折り作戦(笑)
なんという孫愛!でも菓子折り積み過ぎでしょ(笑)
糸子は善作と千代に言われて本当に前向きになりましたねぇ。善作も自分で集金行くようになったのは糸子に影響されてかな?
泰蔵兄ちゃんは、いきなり結婚してしまいましたね。結婚するらしいって奈津が言ってましたが、あんまりにもすんなり結婚したので驚きました。
一波乱とかあるかとばかり・・・