昭和5年(1930年)夏、木之元電気店にラジオが置かれ近所の人々が朝からラジオ体操をしていた。糸子はラジオ体操を終えると桝谷パッチ店に元気良く向かった。
途中、春から紡績工場で働いていた安岡勘助を見た糸子は勘助に声をかけた。
「朝から何しょぼくれてんねん!元気ださんかい!元気!」
糸子のパッチ屋修行も二年が経過したが新人が入ってこなかったので糸子は相変わらず一番下っ端だった。しかし、糸子は裁断から仕上げまで一通りの事ができるようになっていた。
「はい」糸子はミシンで縫い終えた布を従業員の坂本に渡した。
「ええ?もう縫えたんけ?」
布を受け取った坂本は作業の早さに驚くが布をチェックしすると糸子に怒鳴った。
「あほ!ようみてみ!」
糸子は自分のミスに気がつきショックを受ける。
「またやりよった」
「ほらな?さすが“目打ちの小原”や」休憩中の岡村と田中がその様子を見ていた笑った。
「慌てんと丁寧にやれちゅうてるやろうが!」坂本が糸子に注意した。
「はい。すぐやり直します!」
気持ちばっかり先に行ってしまうのは性分なんやろか?
縫った目を解くのに使う(アイスピックみたいな形をした)道具を目打ちと言い、糸子は縫って失敗しては目打ちをよく使うので目打ちの小原と呼ばれていた。
糸子は朝に会った勘助に活をいれるため安岡家を訪れた。
「そやかてもう工場いきたないねん!ホンマに嫌やねん」
「あんな…今くらいが一番しんどいねん。うちかてな色々あったんやで?
けどそれを我慢してそれを乗り越えて…おい!聞いてるのか!」
糸子は煎餅を食べながら勘助の頭を叩いた。
「聞いてるけど…知らんやろ?うちの主任と班長なホンマに鬼みたいな奴なんやで」
「そんなもん知るか!鬼みたいな奴なんかどこにでもいてらし!
今はお前の話をしてんのじゃ!お前がもっと…」
「嫌なもんは嫌なんじゃ!放っておいてくれ!」勘助はベランダに逃げてしまう。
二階の勘助の部屋から降りてきた糸子は玉枝に言った。
「…おばちゃん、あれ、どうにもならんで?そやけど勝手には辞めへんやろ。
泰蔵兄ちゃんにどんだけ怒られるかわからへんし。そんな根性ないで」
「そこまで嫌なんやったらやっぱし辞めさしちゃったほうがええんかな?」玉枝が言った。
「甘やかしたらあかんて!せっかくあんなでっかい工場に就職出来たんさかい」
糸子は後ろで泰蔵の兄嫁・八重子が雑誌を片付けるに気がつき尋ねた。
「あ!それ“令嬢世界”?今月の?」
そして八重子と糸子は仲良く並んで“令嬢世界”という雑誌を読んだ。
「お!見てこれ、スカートこない長い」糸子が雑誌に掲載してある写真をみて驚いた。
「今の流行みたいやな。今月のんこんなスカートの人多かったもん」
泰蔵兄ちゃんのお嫁さんの八重子さんはぱっと見ぃは普通やけど、よう見たら案外お洒落な人でこの“令嬢世界”を毎月買うて見せてくれたり、洋服の事もよう知ってて色々教えてくれるさかい、ウチはこの頃八重子さんと喋るんがごっつい好きです。
「糸ちゃんは洋服作らへんの?パッチが縫えるんやから洋服かて縫ってみたらええのに」
八重子の質問で糸子は思い出した。
「…そやった。ウチ、洋服作りたいんやった」
ミシンかてパッチかてそもそもは洋服を作りたて始めた事やったんでした。
うちも毎日の仕事に追われている間に肝心の事を忘れてしもうてました。
糸子は家に帰ると幼い頃に祖母・松坂貞子から送られてきた洋服を引っ張り出した。
結局誰も着なかったその洋服はすっかり色あせていた。
あない洋服作りたい思てたのに…
昔はこっからこない見てたらもっと嬉しかったのになあ
「…ウチの夢冷えてしもたんかの」糸子はボーっと商店街を見下ろした。
その時、商店街を歩く長いスカートの洋服の女性を見て衝撃を受けた。
後を追いかけると女性は同級生の吉田奈津だった。
「奈津!…なんで、あんた洋服着てんの?」
「ええやろ別に」
奈津は心斎橋の洋裁店でよく洋服を作っていることを糸子に教えた。
「うわぁーーー!」ショックを受けた糸子は自分の部屋に叫びながら戻った。
ウチの夢やのに!洋服はウチの夢やったのに!ウチがぼけっとしてる間に奈津の方が洋服に近づいてまいよった!作らな!早うウチも洋服作らな!
糸子は悔しさのあまり部屋で暴れた。
「やかましい!なにバタバタしとんねん!」一階から善作の怒鳴る声がした。
そやった…それには厄介な事があったんでした。お父ちゃんです。
相変わらずお父ちゃんにとって洋服は目の敵です。うちがまた洋服をつくりだしたりしたらどんだけ怒りだすかわかりません。
どないしよう?そやけどそんなことであきらめるわけにはいけへん!
「そやなあ…お父ちゃんに縫うてあげたら?洋服をまずお父ちゃんに着てみてもらうねん。
自分で着てみてなるほど、これいいもんやなってなったら許してくれるうんちゃうかの?」
糸子から相談された八重子は思いついた解決策を言った。
「無理や!なんじゃこりゃ!ちゅうてっ破いてしまうんがオチじゃ!」糸子が言った。
「そんなことないってやってみぃって。
奈っちゃんが洋服を着て初めて商店街歩いてんのみてかっこ良かったやろ?
ウチら女が何でも初めての事しよう思うたらそら勇気いる。けどその分格好ええさかい!」
「…うん!」糸子は父・善作のための洋服を作る事を決心するのだった。
【NHK カーネーション第17回 感想・レビュー】
昨日は半年、今日は2年の月日が経過しました。糸子は一人前まではまだまだのようでしたが山口君よりかなり速いペースです。見習いだった山口君は糸子が桝谷パッチ店に就職した当時二年目でしたが『裁ち』を習い始めたところでしたから。で、ちょっと気になったんですが今日、山口君いましたっけ?
そして、すっかり奈津は洋風になってましたね。髪も下ろして、もう泰蔵兄ちゃんのことは忘れられたんですかいな?
泰蔵兄ちゃんはアッサリ結婚しましたが、こちらもあっさり失恋しましたね。ドロっとした恋愛モノが苦手な私としてこれくらいあっさりしていると嬉しいです。