妹達がワクワクしながら覗き込む中、洋裁授業1回目が始まる。
「一週間で教えられる事は僅かです。だから大切な基本だけをあなたに叩き込むわ」
糸子はメモを取り出したが根岸は洋服を取り出し着替えるように言った。
「…いや、ウチ、まだ洋服は着た事ないんです」糸子はバツが悪そうに答えた。
「だから着るのよ」
鏡に映る洋服姿を見て違和感を感じた糸子に根岸はどこが違うかを尋ねた。
「どこが違うかというたら…はぁ…ウチの方が脚が短い」糸子は落ち込んで言った。
「そう!そう見えるわね?それはどうしてかしら?」
「ウチの脚が…短いからです…」糸子は更にか細く答えた。
「糸子さん。これは洋裁の授業なのよ?服を見なさい」
「…あ。足が短いんやなくて、胴が長いんです」糸子は服の着方が違う事に気がついた。
「そう!ウエストの位置がちがうの!腰の一番細い所に手を当ててご覧なさい。
洋服のウエストはこの位置にあわせるの」
そんな様子を妹達は姉・糸子の洋服姿をこっそり戸を開け嬉しそうに覗き見していた。
「あ!足が長なった!」ベルトの位置を変えた糸子が鏡を見て言った。
「それでね、これはいてみて」根岸は白い靴を糸子に差し出した。
「あ!もっと長なった!」
「今日はこれを着て街を歩いてみましょう!」根岸の提案に糸子は驚いた。
お茶を飲んでいた善作は洋服を着た糸子に気がつきお茶を噴き出してしまう。
「プシュー!熱っ!!おまえ何じゃ!そら!!!」
「ちょっと出かけて参ります」根岸はニッコリと笑顔で善作に断わりをいれた。
「そ・そ・そんな格好でけ!?」
「これも大事な授業です。洋服を作る者は着る方の気持ちを知っておく必要があります」
「いや!いや!ウチの娘がそんないな格好で町歩かれたら…」
「遅くはなりませんわ。行って参ります」根岸は善作が言い終わる前に糸子と外に出た。
妹達は糸子達の後をはしゃぎながら後姿を見ていた。
「先生。どんな顔をして歩いたらええかわかりません」
街中の人間が糸子と根岸に注目する中、糸子は困惑しながら根岸に尋ねた。
「…あなたの好きな花は何?」根岸が唐突に質問した。
「花ですか?カーネーションです。あの花は根性があるっておばあちゃんが。他の洋花と違うてカーネーションは簡単にしおれへんカビ生えるまで咲いてるて感心してました」
「ならカーネーションになったつもりで歩くの。堂々と咲いてるでしょ?恥ずかしがって咲かないカーネーションって見た事ある?」
「…そらないですけど」
「ただ無心に咲く。それでいいの」
「はあ…」糸子は力なく返事をしたので根岸は歩くのを止めた。
「糸子さん!私は今、あなたに一番大切なことを教えているの!堂々としなさい!洋服を来て胸を張って歩くということをアナタの使命だと思いなさい!」
洋服を着て心斎橋を歩くという事に糸子は様々な事を感じていた。
洋服を着て胸を張って歩く心斎橋は全然ちゃう町にみたいに思えました。
まず今まで目の会うた事ない人らと目が合います。それからやたと鏡が気になります。
それからよう人に話かけられます。それから…くたびれます。
「糸子さん、立ち振る舞いは常に美しく!」
心斎橋のパーラーに着くと糸子がだらしなく座ったので根岸は指摘した。
「気ぃが詰まりました。目立つし人がみんなジロジロ見るさかい『おかしないやろか?ちゃんと似合うてるやろか?』って」感想を聞かれた糸子はアイスを食べながら答えた。
「そうね、今この日本で女性が洋服を着て歩くという事が誰もがそんな気持ち。そりゃ時代の先端で旗を振って歩いているようなものだもの…私だって本当は緊張しているのよ?」
「先生もですか?」
「もちろん。でも私の仕事は着る方が『そこで大丈夫。私は綺麗』って必ず思えるものを作る。それが私にとっての洋服作りなの。本当に良い洋服は着る人に品格と誇りを与えてくれる。人は品格と誇りを持てて初めて夢や希望も持てる様になる。いい?あなたが志している仕事にはそんな大事な役割があるのよ」
「根岸先生ちゃいます!いやー嬉しいな!先生にまた会えるやなんて」
歌舞伎役者の中村春太郎が根岸に声をかけてきた。
「ミシン教室終わったと聞いてガッカリしてましてしてんで」
「ミシン教室なら来月からまた別の物が来ますわ」
「いや教室ならどうでもよろしねん。先生は?まだ心斎橋にしばらくいてますのん?」
「いいえ私は来週には東京には戻ります」
春太郎は根岸の隣に座っていた娘(糸子)が鬼の形相で睨んでいる事に気がついた。
「…そうでっか?ほんでもまた心斎橋きてくださいな。歌舞伎みにきてくれやす。ほな」
そういうと春太郎はそそくさと店を出て行った。
岸和田の街に戻る途中、糸子は安岡泰蔵の姿に気がつき根岸の影に隠れる。
根岸は糸子が隠れた理由を察し、挨拶の仕方を指導する。
洋服を着て軽く会釈する糸子に泰蔵は驚き開いた口が塞がらなくなってしまう。
「あー!やっぱし着物が楽や!」
糸子は家に帰り着物に着替えると大の字で寝転がった。
情けないけどその日それがうちが心から思うた事でした。
その晩、焦がしてしまった夕食の替わりに祖母・ハルは根岸に『イワシの煮付け』を出した。善作以外、嫌って食べない料理だったが根岸は美味しいと褒めたので、へそを曲げていたハルの機嫌はすっかり直る。
先生が飲み込んだカツレツだからうちも飲み込もう!
おばあちゃんのイワシも明日からちゃんと食べてみよう。
根岸の品のある振る舞いをみて糸子は心の中で思うのだった。
【NHK カーネーション第23回 感想・レビュー】
根岸先生のレッスンが始まりました。
今日の回は、今まで最も大事な回です。なんていったって
糸子の好きな花はタイトルにもなっている『カーネーション』であり、根岸から堂々とカーネーションのように『無心で咲く』ように指導されます。タイトルの意味がわかりました。
春太郎にガン飛ばす糸子の表情…もう秀逸です。あんな表情ができるとは女優根性素晴らしいと感心しました。チンピラみたいに見下ろす睨み方をするあたりポイント高いです(笑)
こういうコテコテの笑い、好きです。