糸子は新聞の切抜きと洋服を持って生まれて初めて百貨店に入った。
女性定員が着物を着ていることを確認すると糸子は笑みをこぼす。
着物に前掛け、よし!ここまだ着物ちゃう!
百貨店の出入り口で案内していた若い女性定員に糸子は声を掛けた。
「うちは小原糸子といいます。岸田和田で洋裁屋をやってます。おたくの制服の事で話を持って来ました。社長さんに会わせてもらえませんやろか?」
社長が不在と言う事で糸子は支配人に会わせてもらう事に。
「えーと…洋裁屋の小原さんというのは?」支配人の花村喜一が糸子に尋ねた。
「ウチです」
「おたく?…それでなんの御用ですか?」花村はため息をつき、ソファにこしかけた。
「おたくの店員さんの制服、ウチに作らせてほしいんです!」
「…はあ?」花村は耳を疑った。
「東京の黒田屋の火事で店員の制服を洋服にすべきやっちゅう世論が高まってます!」
「それなら知ってます…」
「時代の流れからいうても百貨店の制服は洋服になるべきです!動きやすうて、衛生的で、時代的です!その新しい制服をうちに作らせてほしいんです!うちは東京の根岸先生のご指導を受けました。腕には自信があります!…例えばこれみてください!ちょっと急いだよってくしゃくしゃやけど…」糸子は風呂敷から洋服を出して見せた。
「わかりました。はい。お帰りはあちら」花村は丁寧に出口を指しデスクに移動した。
「確かにそろそろ制服を変えなアカンという声は店の中からもポツポツあがっております。
けどね、百貨店の制服というものはいわばその店の顔みたいなもんや。新しい制服を作るという事は店の新しい顔を作るという事です。おたくに頼む訳にはいきません」
「なんでうちに頼んでもらへんのですか?」
「そら当たり前やがな。ポッと入って来たどこの誰ともわからんお嬢さんにそのシワシワな服一枚見せられただけで任せられますかいな、そんな大事な事を。そんな甘いもんやない…実績がちゃんとあって信用のおける洋裁屋さんはなんぼでいはります。そっちに頼みます」
「仰る通りです。すんませんでした。…一個聞いていいですか?」
「…短くね」
「新しい顔っておっしゃった制服は何が一番大事ですか?」
「パッと見て『ええな』って思えるデザインの力やね。人の顔で言うたら造作やね。」
「おおきに!」糸子は笑顔で礼を言うとスタスタ部屋を出て行った。
糸子は走って安岡八重子にデザインの相談をしに安岡宅へかけこんだ。
八重子と糸子はファッション誌から制服になりそうなデザインを探す。
決めかねていた二人だったが勘助が見つけた写真を気に入り、その洋服を基に糸子は夜遅くまでデザイン画を10枚描いた。
翌日、朝一番で百貨店に行き開店と同時に店に入った。
「おはようございます!昨日はどうも!支配人さん来てますか?」
糸子は昨日案内してもらった若い店員に尋ねた。
「はぁ…来てますけど…」
店員は糸子の事で昨日支配人に怒られた事を打ち明けた。
「わかりました。ほなあっちが降りて来るの待ちますわ!
あの人かてずーっとあの部屋にいてるわけちゃいますやろ?
時々降りて来て店回ったりしますやろ?何時頃降りて来ますか?」
教えてもらった時刻に見張っていると支配人が通ったので糸子は呼び止めた。
「あの!あの!すんません!昨日はおおきに!」
「…どうも。こちらこそ…」花村は軽く会釈をした。
「描いてきました!」
「は?」糸子が何を言っているか一瞬わからないといった表情に花村はなった。
「デザイン!」糸子はガサガサと封筒からデザイン画を取り出そうとする。
「こんな所ではなんやからまた今度!」花村はスタスタと歩き出した。
「ちょちょちょ見るだけ!パッと見るだけ!ごっつええのが出来たんです!」
「かなんなーもう」花村は仕方なく足を止めデザイン画を見たが
「ふーん、あきませんな」と糸子に突き返した。
「あきませんか?どこが?どこがあかんのですか?」
「どこが?どこが…」花村は再び糸子を無視して歩き出した。
「教えて下さい!あかんとこ直しますさかい!」花村を追って糸子は尋ね続けた。
「甘えたらあかんわ。何が悪いかそれを考えるのはあんたの仕事やろ?」
「…すんません。そうでした。ウチの仕事でした」糸子はしゅんとなった。
「要は普通なんや。何が悪いかアンタに今聞かれたから一言でズバッと言うてやろう思て
言えんまま、ここまで歩いてきてしもたがな…という事はやそんな悪いものではないのかもしれん。けどええかいうかたら決してええことはない、普通なんや。
仮にアンタ以外の洋裁屋に10人集めても9人まではこれくらい描いてくる。
その程度のものはいらんということや…はあ!すっきりした」
「おおきに!」出口に歩いていった花村に糸子は笑顔で礼を言った。
「なんでやねんな。あのな断ったやで?もう持って来たらあかんよ?よろしいな?」
そんなんまともに聞くウチやありません。
「見とれえ~」糸子は百貨店の出口から出て行った花村を力強く睨んだ。
【NHK カーネーション第25回 感想・レビュー】
また良い登場人物が出てきましたね(笑)
國村隼さんは、こういったエライ人の役がよく似合ってますし、厳しすぎない上司が凄いハマるんですね。なんだかんだで言っている事は“ごもっとも”だし、最後には結局、糸子にアドバイスを与えるあたり、とても素敵な支配人です。
それにしても糸子、ナイスファイトです。突撃した2回とも良いアドバイスを貰ったんですから。
幼少の糸子が「(集金で)手ぶらで帰った事がない」と経験がちゃんと活かされてます。
百貨店の出入り口で案内していた若い店員さん、最後心配そうに糸子と花村のやりとりを聞いていた表情も良かったです。よほど心配だったんでしょうね(笑)
そんな店員が見守る中の糸子の「見とれぇ~(巻き舌)」に大爆笑です。