神戸の松坂家で静養していた糸子は、一人ラジオを聴きながら雑誌を読んでいた。
糸子はラジオを消し、レコード(蓄音機)を聴き始め、ため息をついた。
「はぁ…暇や」
松坂家の応接間では、糸子の叔父・松坂正一が松坂貞子を説得していた。
「そやけど…お母さん、これはもう時間の問題です。近いうち紡績はみんな軍需品を作る工場になるか合併か選ばなあかんようになる。お母さんがなんぼむくれても避けられない…」
「むくれてない!分かったわ!子供みたいな言い方せんといて!(怒)」
貞子は悔しがりながら息子に言った。
「これまでうちが必死で守って来た松坂紡績という名はお国のためやいうたかて、そんなやすやすと捨てられるもんとちゃう。軍の衣料品作る工場としててでも生き残りさえしたら機械かてある程度は残せる。そしたら戦争が終わった時、早い段階で生産を再開できる可能性かてあります」正一は涙目になりながら貞子と清三郎に訴えた。
「ま、それが現実的やな…正一、松坂紡績はもうお前のもんや思う様にやったらええ」
清三郎は立ち上がり穏やかな口調で息子に言った。
「私は嫌や。何で軍服なんか作らなあかんのや。そんなことしたらおじいさん、お父様に申し訳が立てへん。お墓の中でお泣きになるわ」貞子はそっぽを向きながら言った。
「これが時局ちゅうもんや。お父様もお分かり下さる…」清三郎が貞子をなだめる。
「アンタは養子やらからそんな簡単な事を言えるんです!」
貞子は大声で清三郎に言うと大泣きしてしまうのだった。
その会話を糸子は廊下で聞いていた。
貞子、清三郎、正一達が皆で紡績工場へ行く事になった。
「今から部屋から休むよって起こさんといてな。たぶん夜までずっと寝るさかい。
おばあちゃんが帰って来てもそない言うといてな」
糸子は女中にそう伝えると糸子は松坂家をしのび足で玄関に向かった。
「ちょっと店みてくるだけや堪忍な」糸子は両手を合わせて拝むと岸和田へ出発した。
岸和田で上機嫌に電気屋の木之元栄作がリアカーを引っ張っていると道端で苦しそうに蹲っている糸子を発見する。
「糸ちゃん?どないしたんや!?神戸いったんちゃうんけ!?」
「おっちゃん…」糸子は辛そうに栄作を見た。
ホンマうちは何回同じ事をやってんや
栄作は急いでリアカーで糸子をオハラ洋装店に運びいれた。
2階で布団に寝かされた糸子は苦しそうに祖母・ハルに訴えた。
「何や優子のときと違うてな同じ痛みがずっとあんねん…優子のときはもっとどんどん強なって早なったのにな」
「陣痛何時始まったん?」ハルは糸子を団扇で仰ぎながら言った。
「二時半頃や」
「4時間か…」
「よっぽどのゴテが産まれて来るんやろか…」糸子は少し笑った。
「ええこっちゃないかい。そないゴテてるちゅうことは男に決まってら」
1階で糸子の出産を待っていた善作は勝に言った。
「ええですね。息子かあ」
10時になり糸子の陣痛が始まって8時間が経過した。
「えらいかかりますね?」心配になった勝が善作に言った。
「あんましかかると子が出て来る前に母親の方がまいってまうど!」
すると千代がバタバタと血相を変えて現れた。
「糸子が…!糸子が!」千代は泣き崩れてしまう。
「糸子がどないしたんや!?」善作は血相を変えて千代に質問した。
「スルメ持ってきてて…」
「す…するめ?」勝の目が丸くなった。
「お腹空いてのに食べられへんさかい…せめてスルメしゃっぶっとくって。かわいそうに…」千代はそのまま泣きながら台所へ向かったが、勝と善作は固まってしまう。
深夜2時になると善作と勝は一層落ち着きがなくなり、部屋中をウロウロしていた。
「こうなったら男でも女でもかめへん!母親と子供が無事でおってくれたらそんでええ!」
「僕かて産まれてさえくれたら何でもええです。犬でも猿でもなんでも育てます!」
「そやな!無事でおってくれたら猿でもええな!」
すると糸子のいる二階から産声が聞こえ、善作と勝は大喜びした。
「ほう!女の子か!かいらしいの!」産まれたばかりの赤ん坊を見て善作達は絶賛した。
「かいらしいか?猿みたいやんか(笑)」祖母・ハルが言った。
「そらさっき僕が猿の子でも育てるっていうてしもうたさかい(笑)」勝が言うと
「せや!わしもついな。かみさんが怒って去るみたいな顔にしたんや(笑)」と善作。
…失礼やな。その会話を聞いていた糸子は思った。
翌日、糸子の元を訪れた松坂清三郎と貞子に糸子は謝った。
「ほんまほんま堪忍な。心配かけて」
「ええってもう。辛気くさい顔しぃな。こんな可愛らし赤ん坊が元気に産まれたんや」
貞子は糸子の子供の顔を見て言うと清三郎も満足そうにに言った。
「お手柄や。大手柄や。わしらの宝がまた増えた。ありがたいこっちゃ!ワシらはこんだけ宝に恵まれてとんや。少々のもんなくしても何も怖がる事はない」
後日、糸子は安岡玉枝のところに赤ん坊を見せに行った。
「名前どないしたん?」玉枝と八重子が尋ねた。
「直子。産まれて来る時ゴテよったさかい。素直な子に育つ様にちゅうて素直の直子」
その後、糸子は勘助からの葉書を見せてもらった。
勘助の葉書は当たり障りのない文面だったため、知ってる勘助じゃないように糸子は感じた。
【NHK カーネーション第50回 感想・レビュー】
“ゴテ”ってどんな意味かなって思って調べたら大阪の方言で『きかん坊』という意味らしいです。ニュアンス的には“ごねる”に近いのかな?
陣痛が始まって、リアカー引いた木之元栄作に発見されるとは糸子は運がいいですね。
この時代、救急車もないですから。
物語序盤、紡績工場について家族会議してましたけど、キヨサブ祖父ちゃんは養子だったとはちょっと驚きました。勝も養子だし、この時代は多かったのでしょうか。
先週は、かなり展開が早すぎに感じましたけど、今週に入ってからは、なんだかいいペースに感じられます。