昭和20年1月3日
糸子は3人の娘を連れて神戸の松坂の家を訪れた。
「あけましておめでとうございます!」
「糸子、なんや1人で来てんか?お父ちゃん達は、どないした?」
清三郎は不思議そうな顔で糸子に質問した。
「お父ちゃん?」糸子はわけもわからず聞き返す。
「適わんやろ?この頃めっきりこの調子なんや。あんたの事な、今はまだ学生やと思とうで」貞子が笑った。
「まだ14、15と思とんと違うか?」叔父・正一も言った。
「おじいちゃん、うち歳、なんぼや?」と試しに清三郎に糸子は尋ねてみた。
「30くらいか」
「わかっとるで」糸子は振り返って貞子を見た。
「時々、我に返るんよ…返らんで良いときに」貞子が答えた。
貞子はしばらく姫路の山荘に行くつもりだと説明した。
「この年になってこの家を離れるのは辛いんやけどな…
しばらくは姫路のお山で花でも摘んでよか思てな」
「そら、ええな。勇君も行くん?」糸子は従兄弟の勇に尋ねた。
「いや、わしと勇は工場があるからな。神戸に残る」叔父・正一が説明した。
「僕なんか工場の支配人いう肩書きがあるおかげで免れてるんやで」と勇。
「千代!おーい千代!」
窓際にある椅子でくつろいでいた清三郎が千代の名前を呼んだ。
「あんたを千代だと思っとんのや」貞子が説明する。
「いいから行ったり『はーい』言うて」正一が勧めた。
「はーい。なに?おじ…お父様」糸子は声真似をして返事をした。
「千代…善作君には、かわいそうな事したな…」
「へ?」糸子は思いがけない清三郎の言葉に驚いた。
「このワシも元は貧しい使用人やった…それを松坂の父が見込んでくれてな、貞子の婿にまで引き上げてくれた。そやのにワシには、そういう懐いうものが無かったんや。甲斐性がない言うだけであんな気のええ男に辛う当たってしまった…」
清三郎は眉間にしわを寄せながら糸子に話した。
「かまへんて。お父…善作さんは、そんなん何も気にしてへんて」
「手を合わせて、ようおがんどいてくれ『松坂の父が許してくれ言うとった』って」
「わかった。言うとくわな」糸子は清三郎の手を握って約束した。
「…所々だけは合うてるな」と貞子。
糸子達が帰るのを正一達は玄関まで見送った。
「またおいで」正一は優子と直子の頭を撫でた。
>この人達にもまたもう一回会う事ができるやろか?
「糸子…あんた、生き延びや…必ず必ず…また顔見せてな」
貞子が糸子を優しく抱きしめた。
「うん…おばあちゃんも元気にしててな」
町内でも防火訓練が行われる様になった。
>せやけどホンマに、こんなんでどないかなるんやろか…
バケツの水をかけながら糸子は思った。
夜、布団の中で糸子が今夜か明日か…と思っていたら警報が鳴りはじめた。
ウゥゥー!!
「逃げな!」糸子は起き上がり防災頭巾を被った。妹達も準備を始めた。
糸子は祖母・ハルをおぶって1階の縫い子達に声をかけた。
「行くで!!」
「先生、待ってください!トメちゃんが逃げんちゅうんです!」昌子が言った。
千代達を先に行かせ布団を被っているトメに声をかける。
「トメちゃん!しっかり!!」
「嫌です!」トメは布団を被ったまま出てこない。
すると祖母・ハルが声をかけた。
「ウチがいちょいちゃら」
糸子は、とりあえず昌子を先に行かせることにした。
「みんな逃げたかー!?」木之元栄作が戸を開けて店の中に向かって叫んだ。
「…逃げてない」糸子が答えた。
「うわ!!?何してんや!?」栄作は座っている糸子に驚いた。
「どないしても逃げたない子がいててな…」
すると中からトメがハルをおぶって出てきた。
「すんませんでした!うちも逃げます!」
糸子達は栄作の指示に従い、西の方角へ向かう。
>あ、せや!!お父ちゃんの写真と位牌、持って来くんの忘れた…
>ま、しゃあない…堪忍や、お父ちゃん
>縁があったらまた会おな
【NHK カーネーション第73回 感想・レビュー】
糸子…流石です。平然と座っていたら栄作もビックリするでしょうね。
そういや以前、栄作が糸子に懐中電灯を勧めていたエピソードがありましたね。
最後、逃げるシーンで写真と位牌を置いてきたことに気づく糸子、トメに『お祖母ちゃん頼むで』とか言って取りに帰ると思いきや、あっさり諦める(笑)
引き返すと思った人は結構いるんじゃないでしょうか?
善作の写真が『こら!糸子ぉ!待たんかい!』とか聞こえそうでした(笑)