昭和29年12月-糸子は覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。
>あんだけ寝ぼすけだったウチが毎朝きっかり六時に目覚ますようになるんやさかい
>年っちゅうもんはとってみるもんです。
「起きり!朝やで!ほれ!ほれ!」
糸子は娘達の部屋へ行き、次々と布団をはいでいく。
糸子が窓をあけたのでたまらず娘達は布団にくるまった。
「こら!あんたら虫か!」
>うちの三姉妹、揃って寝起きは悪いくせに朝ご飯の“食べっぷり”はごっついええ
「おばあちゃん、お変わりちょうだい!」
「うちも!」3姉妹は一斉に千代に茶碗を出した。
「お母ちゃん、今日芳川先生来るよってな」
学校へ登校前に優子が糸子に確認した。
「芳川先生?何やったかいな?」
「言うたやん!絵の先生が今日3時に洋服作りに来はるて」
「あぁ…なんや言うてたな…昌ちゃん、覚えておいてや!」
― 絵の教師・芳川は採寸を測っている糸子に話しかけた。
「…ほんでも優子ちゃんが優秀さかいお母さんも将来が楽しみですね」
「そない言うてもろたら嬉しいですけど正直うちは何もアテにしてませんわ」
「ほうですか?」
「娘ら三人とも『こんな洋裁屋なんか継げへん』て、そら憎たらしい顔で言い張ってくれますよって…まあ優子もあれはあれで好きな絵の道に進めたらええと思てます」
「絵の道も相当に険しいもんですからね…ほんまに絵で食べいこう思たらちょっとやそっとの努力や才能じゃ適いませんからんから。」採寸を測り終えた芳川が言った。
「洋裁屋よりよっぽど険しい道のはずですわ…うちの娘、そこまで覚悟ありますやろか?」
糸子は身を乗り出すようにして芳川に質問した。
「正直言うて…今の優子ちゃんにそこまでの覚悟はまだありません。『東京の美術大学に行きたい』その気持ちは強く持ってはりますけど…『何があっても自分は絵で食べて行く』とまでは思てへんと思います」
芳川の答えに糸子はうなずいた。
― 夕方、学校から帰ってきた優子を糸子は部屋に呼びつけた。
「あんたな…ほんまに美大行きたいんか?」
「うん」
「何で行きたいん?」
「何でて…そら絵描くんが好きやからや…ピアノやら習字やら一通りやったけど、やっぱし絵が一番賞とかよう穫れたっちゅう事はそんだけ才能あるんやと思てるし…」
「本気で絵描きになる覚悟はあるんか?」
「え?」
「本物の絵描きになるちゅうんはあんたも分かってるやろけどそんな簡単な事ちゃう。
ほんまに認められるまではそらものごっつい苦労かて貧乏かて覚悟せなならんやろ。
いや生きているうちに認められたらましな方で一生認められん方が多いかもしれん。
あんたはほんまにそんだけの覚悟があって美大受けたいちゅうてんか?」
糸子は険しい目つきで優子に迫った。
「…急にそんな事、言われてもやな」
「あかん!あんたは美大なんか受けな!」
「何で急にそんな事言うん?」
「何でか?…よう自分で考え!」
糸子はそう言い放つと優子を置いて部屋を出て行った。
「何で…?…何で?」一人残った優子は泣き出してしまう。
― 夜、一人で部屋で泣いている優子の元に千代がオニギリを持ってきた。
「泣きな、ほらおにぎりお食べ?」
「何で急にあかんやて言うん?ウチが東京の美大に行きたてこんなに勉強してきたのに」
「お母ちゃんにもお母ちゃんの理屈があるんや」千代はなだめるように言った。
「そらあるんか知らんけど…その理屈が無茶苦茶なんや。今までうちの進路なんかなんも興味なかったくせにな…今日芳川先生に何言われたかしらんけど急に『あんたが美大なんか行きな』やで。ひどいわ~」優子は再び泣き出してしまう。
「…行きたかったら行ったらええ。おばあちゃんが行かせたる」
「ホンマ?」優子は泣きやんで千代を見た。
― 翌朝、昌子と糸子の打合せ中、優子は何も言わず学校へ向かった。
>その日から優子はうちと口をきこうとはしませんでした。
「こんにちは。はい、これ、おすそわけ」
安岡美容院を訪れた糸子はリンゴが入った籠を八重子に渡した。。
「また北村から送ってきよったんやし」
「あの例の北村さん?いっぺんも遭うた事ないけど気前のええ人やな」
「ハハハ!よっぽど暇なんやろ」
八重子はリンゴを貰った事を義母・玉枝に報告した。
「おおきにな糸ちゃん」玉枝は太郎の息子・洋介を連れて糸子の前に現れた。
「優ちゃん来たで。先週の金曜日だったかな」
糸子の頭を理髪しながら八重子は言った。
「さぞかし喚めいちゃったやろ?『お母ちゃんは鬼や』とか」
「まあな」
「あの子な、あっちこっちで言いふらしよんやし…どこ行っても『優ちゃん美大いかしちゃり』って説教されんやし…」
「せやけどほんまに行かせちゃらへんけ?」
「行かさへんとは言うてへん。『本気かどうか言えへんような甘あまっちょろい根性で美大なんか受けんな』ちゅうたんや」
「それって、何かちゃうか?…ちょっとちゃうか」
「ほんまに行きたいんやったら…うちの言う事なんか聞かんで行ったらええんや!」
「怖いお母ちゃんやなあ…」
― 夕方、糸子が店で仕事をしていると帰宅した優子が糸子に向かってきた。
「お母ちゃん!ウチはお母ちゃんの跡なんか継げへんよってな!」
優子は大きな声で糸子に言うと踵を返し2階に駆け上がっていった。
「…誰もそんな話してへんやろ」
>まだまだや…お前はまっだまだや
【NHK カーネーション第99回 感想・レビュー】
糸子が朝、起床するシーンから始まりますが、糸子が年齢を重ねたおかげで朝早く起きれるようになったという非常に前向きなナレーションが入ります。
こういう何気ないけど飾らない台詞とかがカーネーションはいいですね。
さて、美大を受けたいという優子ですがパッチ屋で働きたいと言っていた糸子ともろにかぶります。八重子が「?」って思ったのはその事かしら。
千代もイワシを炊くのが趣味になったり、おにぎり差し入れしたり…ハルに似てきた感じが。善作→糸子。ハル→千代。糸子→3姉妹。という世代交代の構図でしょうか。
ちなみに玉枝→八重子。泰蔵→太郎。清三郎→北村?
そういえば、芳川先生の採寸をとってましたが、レディメードはしないんでしょうかね。