昭和39年8月喫茶店― 糸子と聡子は北村にファッション雑誌を見せてもらっていた。
雑誌にはイヴサンローラン、ディオール等の新作が掲載されており、糸子はどれも興味深かそうに読んでいた。
「おもろいわ~!おおきにな」雑誌をテーブルに置いて、礼を北村に言った。
「モードなんか分からん言うちゃあたやんけ?」北村が意外そうな顔をした。
「なんやこの頃、妙にオモロい思うようになってきたんやし。見方が分かる様になったっちゅうんかいな。優子やら直子らのデザインも見方が解ったらオモロいんや!」
「お母ちゃんな、うちと一緒に姉ちゃんらのデザイン画練習してんやで(笑)」
糸子の隣に座っていた聡子が嬉しそうに北村に喋った。
「ホンマけ?格好わるうぅ!(笑)」北村が糸子を笑った。
「余計な事、言いな!」糸子は聡子の頬をつねった。
― 糸子は優子と直子が送ってくるデザイン画を聡子以上に楽しみにするようになっていた。
>女らしいて柔らかい優子の線、強うて勢いのすごい直子の線。
>厳しい競争の中でどうにか自分の世界をどうにか切り開いたろちゅう熱が伝わって来る。
>それを感じる様になったらうちはやっとモードがおもしろなってきたんです。
直子と優子のデザイン画を見ながらモードとだんじりを連想していた。
>ごっつい勢いで走って行く時代…その中で風切って立つ
>舞って跳んで魅せる…モードは大工方や!
>とはいうても…大工方と同じでモードも若い人らの役なんでしょう。
>もう、うちの役とは違います
聡子は結局、洋裁学校を辞めてオハラ洋装店を手伝うことになっていた。
>まだまだ抜けた所はあるもんの、とにかく真面目で熱心やよって
>それなりのものにはなりよるやろ。
― ある日、里恵と優子が帰って来る。
聡子は帰って来た優子に早速、自分が描いたデザイン画を見てもらう事にした。
「…まあ基礎はできたんちゃうか?」聡子のデザイン画を見た優子が言った。
「ホンマ?お母ちゃんもそない言うてくれた(嬉)」
「…けどな、こっからなんでホンマは」
「え?」
「アンタがどの程度の洋裁屋になりたいかやけど…要はな、普通の職人でええんやったらもう十分一人前や。…けど、ウチとか直子くらいのデザイナーになりたいんやったら、こっからが勝負ちゅうことや…」
優子は真剣な顔で聡子に続ける。
「アンタの色ちゅうもんを自分で見つけていかなあかん」
「…ウチの色?」
「それが一番大変なんや」
店に派手な女性客が現れる。
「こんにちわ。どうも聡ちゃんいてる?」
「うわ!鳥山さんや!」優子と糸子は条件反射的に隠れた。
>鳥山さんは洋菓子店の女社長さんで、強烈に自分の好みがあるようなんやけど
>それがウチらにはさっぱりわかりません。
2階から降りてきた聡子が鳥山に用件を尋ねると
「…悪いけどな、あんたのお母ちゃんのデザイン、なんかババくさいやろ?…優子ちゃんのは澄ましきっちゃって息苦しいし…ええやろ?聡ちゃんにデザインして欲しいんや」
鳥山はマネキンの後に隠れてる糸子に伝えた。
「アカンアカン!この子、まだそない一人前ちゃうし!」糸子が断わる。
「ええやん!せやからウチが第一号や!
聡ちゃんの若い感覚でごっついイカした服こさえて欲しいんや」
― 鳥山が帰った後、優子が糸子と聡子に言った。
「断ったらええのに。絶対ロクな事になれへんで?」
「本人が聡子がええちゅもんは断れんがな」糸子が困惑の表情を浮かべる。
「ウチの時も『好きに作って』ちゅうた後で『ウチの好みちゃう』ちゅうて」
「…どんなんが好みなん?」聡子が尋ねた。
「それがさっぱり…わかれへんねん」優子と糸子が深刻そうな顔で答えた。
>ほんでも初めての自分への注文が聡子は嬉しかったようで
>その日から一生懸命デザインを考えだしました。
― そんなある日、組合長の三浦が婦人2人を連れて優子に会いに来た。
婦人達は近頃評判で東京でも店を構えている優子に是非、洋服を作って欲しいと伝える。
「流石に東京で鍛えられとるだけのことはある。上等な跡取りが育った(笑)」
三浦が痛快そうに笑ってみせた。
「おかげさんで経理の計算もうちよりアレのがよっぽど立つんです」
店で経理の松田と話している優子を見ながら糸子が言った。
「そらもう安心や。いつでも隠居できるでぇ!」
>気ぃついたら51歳。お父ちゃんがうちに店を継いだ年を越えてました。
― その夜、糸子は1人で晩酌しながら飾ってあった善作の写真を見た。
>なあ、お父ちゃん…ウチの娘はウチと違て優しいよって
>ウチをあんなぶった切ったりしません。
「まあ、ウチもお父ちゃん程、ヒドないけどな…」
>ほんでも、いつそないしたらええんやろか?…いつ…
― 翌日、糸子は紙を持ってソワソワしている聡子に気がつき、声をかけた。
「いや、デザイン見てもらいたあて」聡子が答えた。
「どれ…」糸子がみてあげようとするが聡子が優子に声をかけてしまう。
「姉ちゃん、あんなちょっと見てもうてええ?」
聡子と優子がデザインについて相談する後ろで糸子は背を向ける。
>潮時…近いうちに今やなっちゅう時が来るんやろ。
>間髪入れず潔よう決めちゃろ…お父ちゃんみたいに。
【NHK カーネーション第117回 感想・レビュー】
糸子が初めてミシンを見た時の衝撃シーンで使ったような『だんじり』に例えた表現が久しぶりに出てきましたね~。ミシンを見たときは糸子も若くてミシンだじんりに乗る!って息巻いてましたが、“モードだんじり”には哀愁さえ感じるような表情で切なかったです。
(洋服着て、跳んでいたのは、ちょっと面白かったけど)
今回は、糸子が“引退”を考える凄い重要な回だと思います。
時代を切り開こうとする娘達ともはやそのパワーがない事に気がつく糸子…かなり切ない。
そして、そんな自分と善作を照らし合わせるあたりも良かった。
…それにしても、優子の自信が物凄いことになってました。
つい先日まで『テレビ観て笑てるしかない!』とかくさってたのに(笑)