昭和39年11月、糸子は外から自分の店の看板を見上げて昔を思い返していた。
>ウチん時は寒い日に仕事から帰ってみたら看板が消えちゃあた。
>ほんで店に入ってみたら…
「…ほんで家の中もガラーンしちゃあて…ほしたら、おばあちゃんが…」
ブツブツと言いながら家の中を歩く糸子を昌子や千代達は心配した表情で見守る。
「エエなぁ…お父ちゃん、あんな格好エエ事できて」糸子は善作の写真を見上げた。
>今のウチは、ああいう訳には、いかん。
>ウチが雇うて来た従業員がおる。つきおうて来たお客さんがおる。
>責任も義理も山ほどある。あないバッサリはいかん、店のためにも優子の為にも…
>やっぱし、もっとこう…ぼちぼちと…丸う丸う
「あ~しょうもな!」糸子は大きくため息をついた。
― 東京の直子の店、従業員が優子に直子の伝言を伝える。
「直子さんが優子さんのアパートに寄って良いかって聞いてます」
「…いいわよ…9時くらいならって言っといて」優子は隣の部屋に直子を見て答えた。
従業員は直子に優子からの伝言を伝え、他の従業員と小声で話した。
「2人で話せばいいのにね…」「最近、ますます険悪だからねあの2人…」
― 夜、帰宅した優子が里恵を寝かしつけていると北村と直子がやってくる。
「どないしたん?東京来てたん!?」突然の北村の訪問に優子は驚いた。
「おうよ!展示会あってよ~言うてなかったんけ?」北村は後にいる直子をみた。
直子と優子は北村が買ってきたシュウマイを食べながら引越しした話などをしていた。
すると、いきなり直子が
「…ウチ、店辞める。店辞めて、心斎橋で新しい店やる!」と言った。
「なに言うや…急に」
「おっちゃんがな、心斎橋のごっついエエ物件を紹介してくれたんや…
家賃と面積はそこそこやけど立地が抜群や。新しい店やんのにもってこいの場所や」
「なに勝手な事言うてんや!今の店どないすんねん!」優子は声をあらげた。
「せやから辞めるちゅうてんやろ!?」
「ようそんな無責任なことを言えんな!お客さんやら従業員どないすんねん!」
バン!!直子はテーブルを叩いた。
「アンタがやったらエエんじゃ!…アンタの売り上げのんがウチより十分高いんや。あんた一人でもやっていけるやろ!」
「そもそもウチはただのあんたの手伝いやんか。そらウチの方が売り上げ高いちゅうたかて
店におらなあかんのはアンタのちゃうんけ!!」優子もテーブルを叩いた。
「…落ち着けよ」北村が興奮する2人に言う。
「知らん…あんな店…ウチはもうどうでもええ」
直子の目から大粒の涙が溢れ出た。
「アンタが目障りなんや…アンタのおらん所で自分の力だけで店やりたい」
しばらく間をおいて優子が答えた。
「…わかった。ウチが店、辞める。ほんでええやろ」
>そないして優子は東京の店を辞め岸和田の店に帰って来ました。
「帰りました」オハラ洋装店に戻った優子は笑顔で挨拶をした。
>あ、ここやな。・・・ここがウチの引き際や。
帰って来た優子をみて糸子は決心した。
― 喫茶店で昌子と松田は糸子の話す内容に驚いた。
「看板を譲る?…優ちゃんを店の頭にするちゅうことですか?」
「せや」糸子は驚く二人に笑顔でうなずいた。
「ほな先生はどないしはるんですか?
「いや、けど別にウチかて辞めるわけちゃう。これまでどおり店に出て仕事すんで。
けど…オハラの看板はあの子のもんや。大きい事はこれから全部あの子が決める。
ウチはそれを助ける役に回るちゅうこっちゃ…東京と行き来してる間にあの子ももう一丁前や…一丁前どころか働き手とたら相当デカなってまいよった。一軒の店にウチとあれが一緒におってみ、あんたら仕事しにくいで?」
「まだ早いんとちゃいますか?先生がそんなん言うの嫌です」
「もうちょっと、このままでもねえ」
「おおきに」糸子は2人が引き止める事に頭を下げた。
「…せやけど“だんじり”かて、あない役はどんどん替わるやろ?
どんなけ寂しいても、誰も文句言わんとドンドン次に渡して行く。
…格好ええやないか。あんなんが」糸子は嬉しそうに笑った。
― 安岡美容室で髪を切っていた八重子が泣き出してしまう。
「…何で?」糸子は八重子に尋ねた。
「堪忍な…ウチが泣く事ちゃうんやけどな。
糸ちゃんが21で看板あげてから全部みてきたよってなあ…(泣)」
「別にオハラ洋装店の看板を下ろす訳とちゃうよって…何も変われへんよ…何も…」
― 家に帰宅する頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
家の前についた糸子がオハラ洋装店の看板を見上げると涙がこぼれた。
糸子が家に入ると北村が皆と一緒にケーキを食べていた。
「なんや来てたんけ…聡子、お茶頂戴」
糸子が腰を下ろすと優子が真剣な顔で口を開いた。
「あんな、お母ちゃん…話があんねんけど…ええ?」
優子と北村の表情に糸子は構えた。
【NHK カーネーション第119回 感想・レビュー】
知らないうちに直子と優子が険悪なムードになっていたとは…。
直子が優子の前で自分の店の事を『知らん』って言って泣いたシーン、ちょっとジ~ンってきました。優子もそういう『素直ではない直子』をみて、身をひく決心をするあたり大人。
糸子が店を譲るにあたり気にしていた『お客』『従業員』の事もちゃんと考えていましたし、ドラマ的には優子は既に糸子に劣らない商売人になったということでしょうか。
そんな中、糸子が店を譲る心の準備をしてるのがまたホロってきます。
昌子と松田に胸のうちを明かしますが、引き止める二人の後ろで木之元のおっちゃんが寂しそうな顔をしてます。
善作が看板を譲る際に行った宴会を思い出してたんでしょうかね?