「勝手を言うようなんですけど…うちを独立させてください」優子はゆっくりと述べた。
「…どういうこっちゃ?」糸子の眉間にしわが寄る。
「心斎橋で自分の店を始めたいんです。おっちゃんが持ってる店舗物件です。
こないだ実際に見してもらいました…ホンマに良い所で成功させれるて思いました」
「…資金はどないすんねん?」
「それもおっちゃんに融資してもらうっちゅう事で算段がつきました」
すると優子の横にいた北村が慌てて説明しはじめた。
「優子がデザイナーとして成長してくれたらワイも将来ライセンス契約をしてプレタができるかもしれん…その可能性を見込んだっちゅうこっちゃ。情に流されているわけちゃうど?
これはあくまで商売人として受けた話や」言い訳する北村の横で優子は更に続けた。
「…勝手を言ってるのはわかってます。けど、この店はまだまだお母ちゃんかて現役やし、聡子もいてる。逆にウチがいてる事で、お互いやりにくいとこも出てくると思うんやし。
昌ちゃんや恵さんに気ぃ使わす様になるかもしれへんし」
「せやから、うちは…もう…あんたに看板譲るつもりで準備しちゃあたのに…」
糸子の台詞に優子が驚く。
「昌ちゃんと恵さんには、こないだ話して了解してもうたよって…あんたらには大晦日に直子が帰ってきて、皆で集まってからちゃんと話そうと思っちゃあのに。
…よう台無しにしてくれたな!」糸子は北村を睨んだ。
「ワ…ワイのせいか?」糸子の視線に北村はおびえる。
「ごめんなさいお母ちゃん!おっちゃんは悪ない…ウチが言い出した事です!」
「先生は、優ちゃんに看板を譲るつもりでいてるんやで。優ちゃんにこの店任せて自分はそれを手伝うつもりでいるて…うちらにもそう言うたんやで」
松田恵が優子に先日の喫茶店での糸子との話を打ち明けた。
「ほんでもその心斎橋の店、やりたいちゅうんか?」昌子が優しく問いかける。
「はい」優子はゆっくりと返答した。
「…正直に言わしてもらいます。東京で店一軒流行らせられるだけの力つけて帰って来ました。そしたら、そのウチはもう岸和田のこの店にはようおらんのです。うちがやりたい事はここにおったかて、半分もでけへんちゅうちゅうことはよう分かってる。毎日その悔しさを我慢してここにおったかてそれは生きながらしんだようなもんや…そんなんやっぱり…」
「わかった!…分かった。…もうわかった」糸子は優子の言葉を遮った
そして鼻で笑うと『…好きにしいや』と言い残して家を出て行った。
― 別室で子供・里恵の面倒をみてもらっていた千代の部屋に優子が訪れる。
「おおきに、おばあちゃん」
「案外、静かやったな~どんなけ荒れるやろおモテたけど…どないした?あれあれ」
優子が千代の前で泣いてしまう。
― その頃、糸子も安田美容室で玉枝と八重子の前で泣いていた。
「…物件に負けた。…うちの看板は北村の物件に負けたんや!
『命より大事な看板を譲ったる』ちゅうてんのにやな…優子のアホがな『そんなもんいらん、北村の物件のがええ』て言いよったんや!(泣)」糸子は2人の前で大泣きする。
「せやけどな、優ちゃんもそんなつもりとちゃうと思うで」
八重子は糸子の背中をさすりながら慰めた。
「何が心斎橋や!何が物件や!北村のボケ!優子のアホ!」
― 次の日、糸子は路地から自分の店の看板を見上げた。
>寂しい…むなしい…昌ちゃんと恵さんにかてあない格好つけたのに…不細工な
糸子は、店の外から優子を呼び出して家の裏へ連れて行った。
「あんたもう帰り、あんたの顔、見ちゃあったらホンマ気ぃ悪い。仕事の邪魔や
…その、心斎橋の物件、もう押さえてしもてんやろ?」
「はい」
「ほな、とっとと先進め。いつからその店やる気かしらんけどな準備ちゅうんは片手間でできるもんちゃうんや。やるんやったらそっち集中し。
うっとこはアンタなんかおらんかて、どないでもなるんやさかいな!」
糸子はそう言い残し店に足早に戻っていった。
「おおきにお母ちゃん!」優子は店に戻る糸子に頭を下げた。
>よっしゃ!不細工なりにどないかけじめつけられたで。
>娘の独立見届けたでお父ちゃん…
>ちゅうて思ちゃったのに…この娘の独立の中途半端な事
優子に頼まれ、糸子は優子の店の内装工事を施工している業者に直談判していた。
「でけん事はでけんいうとんじゃ!」強面の現場監督は糸子の頼みを断わった。
すると丁寧に頼み込んでいた糸子の表情が一変する。
「…はあ?でけんちゃうやろぉ!?一旦引き受けた仕事ならな、最後まできっちりやらんかいな!」糸子の凄みに押された現場監督は注文を飲み込む事にした。
「おおきにお母ちゃん!助かった!」優子は嬉しそうに糸子に駆け寄る。
「あんたもな…こんくらい自分で言える様にならな、女店主なんか務まらんで!」
>まあ、ほんでもちょっとホットしているんもホンマでした。
>次のんに譲るんはまだまだ時間あるやろ…
>ありがたい事にまだそれまでこの看板はうちのもんです。
店に戻った糸子は接客をしていた聡子を眺めながら思うのだった。
― 昭和40年元旦
亘を千代と糸子が見送りに出たので部屋には優子、直子と聡子の3人だけになった。
優子「あんたどうなん?あれから、店」
直子「関係ないやろ」
優子「売り上げ、悪いんけ?
直子「いや関係ないやろ」
優子「アンタの名前だけは売れてるんやさかい、どないか頑張ってやっていきや…そのうち理解してくれる人かてもっと増えていくやろしな」
直子「どうでもええ…うち、店辞めるんや。年明けに。辞めてパリ行ったねん!
優子「パリ?」
直子「去年の暮れに源太も行ってまいよった。ウチも今のパリを見ておきたいしな」
優子「何?あんたわけわからへんこと言うてるんや?あんだけウチに自分の力だけで店やりたいやらタンカきっといて、その様け!何がパリや!どんだけ中途半端なんや!」
直子「姉ちゃんこそ、この店継ぐちゅうちゃあたんちゃうんか!何をほったらかして自分の店やるとか言うてんよ!しかもあの物件、ウチが持って来た話ちゃうんか!」
優子「うっさい!アンタに関係ないやろ!」ミカンの皮を投げつけた。
直子「こっちのセリフじゃ!」
糸子と千代が戻ろうとすると直子が入れ違いに出て行き、部屋では優子が泣いてた。
聡子は楽しそうにテレビを寝ながら観ている。
「あ~あ~アンタら、年なんぼや」糸子は大泣きしている優子に声をかけた。
「ウチが21歳やさかい、お姉ちゃんは28!」テレビをみている聡子が答える。
「まだ27!!」優子が泣きながら訂正した。
「ええ年して揃いも揃ってアホ娘が」
糸子は散らかった部屋を片付けるように聡子に言った。
【NHK カーネーション第120回 感想・レビュー】
優子が冒頭から最後まで泣くシーンばかりの回。
まさか、また直子に泣かされるとは…しかもまたミカンの皮の投げあいで(笑)
それにしても優子、うまいこと直子の物件を利用するとは、なかなかです。
『東京で店一件流行らせた』のも直子の店だったし、なんだかんだ言っても上手に直子を利用したような結果になってますね。そら、直子も泣かしますよ。
結構、今日の回をみて優子が嫌いになった人が多い気がします。
逆に2人のケンカが始まった時にテレビのボリュームをあげる聡子の人気があがったのではないかな?