>それが誰なのか知ったんは、それから一週間後でした。
繊維組合の事務所で女性経営者達が紅茶を飲みながら談笑していた。
その輪には長女・優子も加わって話を盛り上げている。
糸子以外の経営者が帰ると糸子は事務室に座っていた組合長・三浦に北村が言っていたことについて尋ねる事にした。
「あの…組合長、誰が亡くなったんですか?」
「お?聞いてへんのけ?」三浦は意外そうな顔をした。
「こないだ北村が葬式の帰りかしらん、えらい酔っ払うて来て『しんだど』て。
ほんで誰がしんだか言わんと帰って行ったんです…」
「何じゃそれは…。そら、ホンマ堪忍やったのう…
いやな北村が『これだけは自分の口からあんたに伝えたいと言い張りよったもんさかいに
…ワシも任してもうたんや。アホか…何も知らせた事になってへんやないか!」
「…誰ですか?」糸子は再び質問をした。
「うん…周防のな…かみさんや」
「…ほうですか。…ウチも一昨年に向こうさんの支払いが終わってからは、何の繋がりも無かったよって。そら知りませんでした」糸子は呆然とした表情で言うと
「…せやけど北村は何でウチにそれをうちによう言わんかったんでしょうね?(笑)」
少し笑みを浮かべて三浦に言った。
「え?…わからんか?」三浦は驚いて糸子の顔を見るのだった。
― その日の夜、糸子は周防の姿を思い返していた。
>何回、思い出したやろ…
>一緒におった時間より思い出してる時間の方がずっと多なってしもた
「…変な相手や」糸子は再び目を閉じた。
― ある夏の日、喫茶店“太鼓”に集まっていた糸子と恵と昌子は聡子について話していた。
「せやけど聡ちゃんには、まだまだ看板任せらませんわ…客に好かれる人柄持ってるし、直ちゃんかて聡ちゃんのセンスはかなりエエ線いってるちゅてました。…ほんでも経営者っちゅうのまた別の器が要りますよってな」恵が意見を二人に述べた。
「まあな」糸子は相槌をうった。
「ウチの見立てでは一番しっかりしているのが優ちゃん。ぐっと落ちて先生と直ちゃん、ググとおって聡ちゃんですわ」
「うーん…婿とるか?」糸子は暫く考えてそう言うと
「ウチも今、そない思てました!!」昌子が興奮しながら述べた。
「…事務やら経理やらこなしてくれるような賢い婿!」
「エエですな!ほんで男前で!」
「きゃー!!ええなあ!!」昌子と糸子は黄色い声を出した。
「…あの子、ほんでも時々よう男の子、連れて来るやんか。…あれは何や?」
糸子は過去に一緒に夕食を食べた男子について昌子に尋ねた。
「たぶん聡ちゃんの彼氏の時もあれば、ただの同級生の時もありますし…御飯たかりに来ただけの子の時もあります」
「ホンマ!?あの子、アホやさかいな何でも連れて来よんやな『よう見て連れてき!』言うとかなあかんな!」
「今更!?」昌子が糸子の発言に驚いた。
>はぁ…せやけど…うちの引き際はどないなったんや
>聡子があの調子やったらまだまだ先やで、こら。
糸子が店に戻ると安岡八重子が糸子の帰りを待っていた。
八重子と糸子は店の裏手にある椅子に腰を下ろした。
「…あんな糸ちゃん…この頃、うちのお母さん急に痩せて来たよってな。
こないだ検査してもうたんや。…ほしたらあと…半年やて」
「え?」
「あと半年…」八重子は繰り返して糸子に告げる。
「…ほうか」
うつむいて泣き出す糸子の肩を八重子は摩った。
>おばちゃんが入院した病院は家から自転車で10分のとこやよって
>二日にいっぺんはオカズを詰めて夕御飯時に見舞いに行くようになりました。
「はれ!糸ちゃん、また来てくれたんけ?」
病室に糸子が入ってきたので安岡玉枝は嬉しそうに声をかけた。
「せや。ウチももうこの頃、ここに来るんが唯一の気晴らしやよってな(笑)」
糸子は病室に飾られていた豪華な二つの花に気がついた。
「それな、優ちゃんと直ちゃんが贈ってきてくれたんやし(嬉)」玉枝が笑顔で教えた。
「せやかで、デカ過ぎやがな~花でも服でも派手やったらええと思てんであの子ら」
>ウチは、おばちゃんの残りの日をなるべく明るくしたいと思いました。
>穏やかで幸せでおって欲しい…せやのに
「おばちゃん、どないしたん?」
夕方、病室でいつもの様子と違ったので糸子が尋ねた。
「…昨日、待ち合いのテレビ見てたら戦争のことやってたん…
勘助はよっぽどヒドい目に遭わされたと思てたんや。あの子はやられて、ほんであないになってしもたやて…」玉枝はゆっくりと息子勘助について語り始めた。
「…けど、ちゃうかったんや…。あの子はやったんやな。あの子が…やったんや」
それを聞いた糸子は涙を流し、玉枝はそっと糸子の頭を撫でた。
夕暮れの病室に日暮しの声が響いた。
【NHK カーネーション第123回 感想・レビュー】
亡くなったのは、てっきり周防さんかと思っていましたが…奥様でしたか。
オープニングで周防(回想)とかあったので確信したんですが…
それにしても、今日は凄い回でした。
以前、勘助が「俺には糸やんに会う資格がない」とか言ってたことが引っかかっていたんですよね。なるほど、なるほど。
玉枝が呆然と糸子に勘助についてどういう気持ちで語っているのか、また糸子が号泣する理由が深すぎて解りませんが、夕方の病室に鳴り響く日暮の声がとても印象的でした。
なんかエヴァンゲリオンを思い出しました。